つながる 海と空とkumo

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところを記しています。わたし達は元来の幸せ感を忘れていることで不安やときに不満になり迷い続けます。本来ある感覚の気づきは、しあわせ~な心地よさです。それは禅ともつながっていて、さらに本当のしあわせにも通じる扉でもあります。

わたしという分離

分離感が外れると

小学校に入学する前後の時期から、 漠然と本当の幸せについて思いを馳せていたような気がしますが 周りからみると、かなり変わった子どもだったと思います。 苦しみ、困難、混乱、葛藤は、多かれ少なかれ 誰もが人生のどこかのタイミングで味わうことです。 …

「わたし」をやめる・・・

禅では「すべては夢幻の如し」というのがベースにあります。 京都の苔寺(西芳寺)の建物の入り口に置かれている版があって そこに書かれた文字が「夢」という一文字だそうです。 参拝者の多くが、夢をもつことは大事なんだと解釈されるようですが 然にあらず…

坐禅をしている「わたし」は誰ですか

坐禅や探究を始めて間もなく多くの方々は、この質問がやってきます。 「坐禅をしているわたしとは一体誰ですか?」 実は、これはとっても深いです。 ことばで表せないんです。 それで、 「さあー誰でしょうー」とこたえると、 質問した相手は、意地悪をされ…

探究のひとつのやり方

禅の悟りや、真理に至るのに、具体的な気づきのもとになるのが、「わたし」というものが本当にあるかどうかみていくことです。 わたしというのをみていくのに、日常生活の中でとてもやりやすいのが、「わたしが・・・(行為する)」と、 「わたしの・・・(…

満足というもの

満足というのは、わたし(自己)においての視野の範囲においてだけ感じられるものではないのかなー。 もっと広い範囲においては、わたし(自己)という基準がなくなってしまって、満足や不満という意識はないのが本当だと思う。 そして不満足というのは、わたし(…

あるがままーーーー

物事の状況や結果、過程、起こったこと、出会う人、思うようにならないこと、すべてのことが、あるがままであって、そのままでシアワセなのだということが感覚的に理解されると、もの凄く人生はラクでいられます。 「あるがまま」と聞いてどのように思われる…

主語を変えてみる

わたし達はいつも平和や幸せを感じていたくて、様々な行動をとっているといえるかもしれません。 幸せになりたい~、本当に心から幸せと実感できることを体験したい~、もしくは苦しみから逃れたい、少しでも苦しんでいないところにいたい、平和な心地が続い…