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つながる 海と空と青

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところについて、思いついたまま描き記しています。元来の幸せ感を忘れているとわたし達は不安や不満になり迷い続けます。万人にもれなく備わっている本来の感覚の気づきは、しあわせ~な心地よさがあるだけです。

息を吐くときに感じられる心地よさ

先日は都内での禅の研修会でした。 こちらのブログでも たびたび、心地よさに触れた記事を書いていますが その「心地よさ」というものについて一般の方に 伝えにくいし、伝わりにくい、です。 実際、わたしが坐禅に関わり始めた15年くらい前には 説明されて…

気づきの分かれ目

坐禅や瞑想、ヨガ、気功、呼吸法・・・あるいは なにか出来事や他のことをきっかけにでも ある瞬間にいままでのからだやこころが、ふわ~~~っと緩んだようなとき それは自分で意図しないときにですが ある時に、ふと気づきが起こることがあります。 「あー…

「自己肯定感」というもの

さっこん「自己肯定感」ということばをよく目にします。 もしいま「自己肯定感」というもの なにか納得のいくものをみつけられておられる方はそのままでいてください。 なんにも否定することはありません。 ただ、違う見方もありますという感じの内容です 「…

自我に入り込んでしまうと苦しみでしかない

わたし達はこの世にいる上で自我というものを抜きにしては、生きることはできません。 この自我というのがあるという思い込みから、様々な苦しみが生まれます。 このあたりのお話は、いろいろと説明が必要と思いますが・・ いまブログで少しお話できるところ…

「なにもない」が在る

ー 「なにもない」が在る ー という感覚を 坐禅やなにかの折に感じることがあるかもしれません。 それは、名前のつけようがなく 触ることもできず 眼にはみえなくて 匂いもなく ただ感覚でしか認識できない。 それが「無」とか「空」といわれる感覚です。 そ…

3つのRe・・・

50歳を過ぎる頃から、からだの変化や心境の変化から いままでのやり方でなく、違うやり方というのがあるのだろうな~というのを 感じるようになりました。 そういったいままでのやり方に違和感を感じながら また、新しいやり方を探したり試してみながら数年…

ヒーリングって

いわゆるヒーリングというのは実にさまざまな形態や種類があるみたいです。 トラウマの解消、傷を癒す、 感情のブロックを外す・解放する、 抑圧して上から蓋をしていたものと、ひとつずつ向き合って対処していくやり方、 他にもいろいろです。 あるタイミン…

思考を介さなければシアワセに甲乙はない

何かにつけて違いをみつけて指摘するのは思考の得意技です。 いきなり本題ですが 思考を介さなければ、しあわせだな~と感じられる感覚に優劣・甲乙はない。ことについてです。 例えば、コンビニでお気に入りのアイスカフェラテを選択して飲んでいるときの美…

3次元的生活のなかでのからくり

最近みじかなところで「お金」についての話題を多くふられるので 今日は「お金」について書いてみたいと思います。 いつものことですが よくまとまってから書くことはほとんどなくて こうかな~?と書いているうちに、 なんとなく記事になるような散文的なス…

分離感が外れると

小学校に入学する前後の時期から、 漠然と本当の幸せについて思いを馳せていたような気がしますが 周りからみると、かなり変わった子どもだったと思います。 苦しみ、困難、混乱、葛藤は、多かれ少なかれ 誰もが人生のどこかのタイミングで味わうことです。 …

でてきた思考も感情もクセのようなもの

わたし達は知らず知らず自分の思考や感情というパターンのようなものと一緒に過ごしています。 その人のもつ遺伝子やDNAなのか、育った環境による因子なのか、仏教的には業なのか、状況においての大体のパターンのような反応の仕方があります。 なんとなくい…

テキ(対立)をつくらなければ、すべては味方

わたし達のエゴ(自我)はなにかしようと思うのには いまと違って、こうやればこうなるという目標や こうなりたいけれどそうなれなくて、いまがイヤだから変えようとか 悪いところを良くしようというものがあります。 禅はすべてはこのままでカンペキにものご…

おすすめなのは

例えば、自分にとって辛い状況や 問題だなーとか 苦しかったり メゲるような状況のとき、 って誰にでもあるものです。 そのときに、なんとなく自分のパターンというのができているかもしれません。 自分がものすごくガマンする傾向だったり、 相手に思うこと…

禅 ー ZEN とは

禅をシンプルに2点に絞って説明すると・・・ 一般的な幸せは、お金を得たり社会的な成功を果たしたりといった なにか目標を達成する幸せで、 なにか手段や行為を介する幸せなのですが 禅は、何かを得たり目標を達成する幸せでなく 手段のない幸せであり、 手…

標準装備の基準

さきほど立花大敬さんのfacebookの記事をみてからの 思いつきの流れで書いています。 立花大敬さんは 「心はゴムひも?!」や「神様の壺〔新訂版〕 ~大敬先生《しあわせ通信》第二集~ 」などの著書が有名ですが もともと清水克衛さんの本屋さんでとりあげら…

比べることをしないでいるのは幸せ感のはじまり

最近なにかと話題のアドラーですが biz-shinri.com なんとなく禅に似たところがあるのかなーなんて風に捉えています。 先日のこちらの記事 こちらでひとつのフレーズが気になったのですが・・ 「わたしには幸せになる資格がない」 こんな感じに無意識に思っ…

頑張らない勇気

さきほどまで「無」について書こうと思っていたのですが、ふと思いつきで 違うことについて今日は書いてみたくなりました。 頑張らないことについて・・・ 儒教の伝来や古くから日本の教育などによって、 頑張ることがよいこと、優れていること、模範となる…

青空と坐禅へのいざない

うたた寝をして起きたら、外が明るくなっていたので窓を開けたら 朝一番の透き通った青空が広がっていました。 思いつきで書き記しているブログですが 禅について興味をもってくださる方も現れたりして嬉しく思っています。 実際に坐禅のやり方をお伝えした…

「わたし」をやめる・・・

禅では、「すべては夢幻の如し」というのがベースにあります。 京都の苔寺(西芳寺)の建物の入り口に置かれている版があって そこに書かれた文字が「夢」という一文字だそうです。 参拝者の多くが、夢をもつことは大事なんだと解釈されるようですが 然にあら…

やりたいことをいまやる

禅の研修会のお話で、「もし余命数カ月だと宣告されたら」というのがあります。 残された命があと数カ月しかないとしたら、どんな風に感じられるでしょうか。 こうやって新緑の若葉をみるのも、今回限りだなー。 いま、ゆっくりと美味しいコーヒーを飲んでい…

半分努力して半分は努力しない、伝わることと伝わらないこと

ブログを書くことを通して、伝えたいことや思うことを表現していますが、読んでくださる方から、色んな感想や言葉をいただきます。 心がザワザワしている時に、読んだらスーッと落ちついたとか、 ちょうどタイムリーな記事だったとか、 感想をくださる方の多…

「知足」というのは自由意志

生活をしていると、やはり、こうしたいけどならない、ということが多かれ少なかれあります。 例えば、なにかを食べたいけど、なにかの理由で食べることができないこともそうですし、なにか(お金でも友人や、成果や承認、愛情などが)欲しいけど、なかなか思…

ポイントは「しみじみと」

前回のブログでは、うとうとした居眠りのような感覚が覚醒状態に近いということを書きました。 うとうととした時以外でも、美味しいものを食べた時、仲のいい友達と一緒にすごした時、なにかに感動した時、あったかいお風呂に浸かった時、とっても満足した時…

なんにもなくてもシアワセ

なんだか・・・・妙にシアワセ~っていう感じは、誰でも感じることがあるのかな~と思います。 気持ちよく晴れたお天気のよい日とか、今日もそうです。 もう充分シアワセだなーーっていう感じ。 ほどよい温かさと心地よい疲れの時に、寝てはいけないけどこの…

視野の範囲を修正する

なにかに向けて動き出そうとしたい、とします。 そして、程度の差はあれ方向性がみえてきた時に、そちらへ向かって進んでいきます。 その方向性がクリアであればあるほど、進む速度はたぶん速くなるのだろうと思います。 その方向で、よい結果のことが起ころ…

なにかのせいにする、ということ

もしも なにかものごとがうまくいかない(思ったように進まない)とき、 つまり、思い通りにならないようなとき、 なにかのせいにしていませんでしょうか。 例えば、あの人がこんなことを言ったから、とか 自分がこんなことしなければ、とか、誰かのせいにし…

坐禅をしている「わたし」は誰ですか

坐禅や探究を始めて間もなく多くの方々は、この質問がやってきます。 「坐禅をしているわたしとは一体誰ですか?」 実は、これはとっても深いです。 ことばで表せないんです。 それで、 「さあー誰でしょうー」とこたえると、 質問した相手は、意地悪をされ…

探究のひとつのやり方

禅の悟りや、真理に至るのに、具体的な気づきのもとになるのが、「わたし」というものが本当にあるかどうかみていくことです。 わたしというのをみていくのに、日常生活の中でとてもやりやすいのが、「わたしが・・・(行為する)」と、 「わたしの・・・(…

無駄なことは、本当に無駄なのだろうか

やっても得にならないことや、骨折り損のくたびれもうけだとか言われること、無意味なこと、は思考からみたらとっても嫌いなものです。 そういったものは、なるべく避けて、簡単に、効率よく、得になることの方が断然心地よいです。 では、無駄なことって本…

満足というもの

満足というのは、わたし(自己)においての視野の範囲においてだけ感じられるものではないのかなー。 もっと広い範囲においては、わたし(自己)という基準がなくなってしまって、満足や不満という意識はないのが本当だと思う。 そして不満足というのは、わたし(…

渇望や切望は、依存の元

たまたま何かがよい結果であったとすると、また次にも(無意識レベルで同じような心地よさを味わいたい)、同じような事柄や、ものや、結果を期待して行動します。 毎回同じように結果を得られるとその時は幸せですが、得られないと得られるまで求め続けてし…

ヤケを起こす、その先に

糸井重里さんのコンテンツはおもしろくて、ちょくちょく覘いては、なるほどなーとか、へーとか、ふーむとか、いろいろあっておもしろいです。特に注意の向かった先がどうもリンクしている感じがして、つい口を挟みたくなってしまいます。 それで今日の記事で…

おもかる石

伏見稲荷が外国人に人気であるということから、何やら「おもかる石」というのがあるらしいです。 石を持ち上げてみて、重いと感じるか、軽いと感じるかで、思いが叶うとか叶わないとかの占いのようです。 ちょっとシビアな見方になってしまいますが、思うに…

深刻さにいては理解が起こらない

前回のブログとテーマが似てきますが、 いわゆる坐禅においての行(ぎょう)を日常生活の合間に持ち込んで続けることは大事なのですが、自我の得意とする頑張るやり方では残念ながらいつまで経っても体験は起こらないです。絶対起こらないのかどうかは知りま…

あるがままーーーー

物事の状況や結果、過程、起こったこと、出会う人、思うようにならないこと、すべてのことが、あるがままであって、そのままでシアワセなのだということが感覚的に理解されると、もの凄く人生はラクでいられます。 「あるがまま」と聞いてどのように思われる…

香道を体験してみて

ブログの更新が滞っています。書くことがないのではなくて、書きたいことがあり過ぎて、どうしようかなかなかまとまらないでいます。そこをちょっとエイっと飛び越えて、いつもと変わらず続けたいと思うところです。 きのう、人生初の香道体験でした。香道で…

できないことやうまくいかないことを問題としない

前回のブログからの少し発展したおはなしです。 人生がうまく流れていってほしいのは誰でも思うことですが、行動はしているけれども、どうしてもうまくいかなかったり、うまくできなかったりして、落ち込んだり、不安になったり、心配になったり、時にはその…

一生懸命やらない

若い頃は自分がなにか一生懸命になってやれば何とかなるみたいな思いがあったように思います。一生懸命とか、もっと必死でとか、ガムシャラにやればとか。(笑) ある年代を過ぎた頃から、そうではないのだなーというのが実感として理解したような気がします。…

スゴイねー

斎藤一人さんの著書「「斎藤一人 世界一ものスゴい成功法則」 (語り下ろしCDつき!)」を読みながらCDを聞いてみました。 大まかな内容は「わたしはスゴイんだ」と言い続けるといいことが起きるということのようです。 そこで、凡人だから「わたしはスゴイ…

まじめジメジメ

斎藤一人さんの本やCDはおもしろいなーと思っていてほとんどの本は3年前ぐらいまでは一通り全部読んでいました。 最近ちょっと離れていましたが、新刊「大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね。」など何冊か出ました。 こちらは、まだ読んでいませんが…

原点に戻る

2006/5より書き始めていた約10年のブログがトータルアクセスを25000超えました。 更新していないのに数が増えていることにビックリしたり面白いなーなんて思ってます。2001年より禅の研修会に参加を続けていることから、変化や感じたことなどを備忘録のよう…

快・不快にこだわると苦しい

そんなに文章を書くのがうまい訳でもなく、大して才能があるわけでもないのですがブログを続けているとウレシいこともあります。それは思いもかけない方から「ブログ読んでますよ」と言っていただけることです。 わかりにくい表現を理解して読んでくださる方…

やり方を知らないだけ

わたし達は幸せになりたいという共通の思いがあります。 ただし、たくさんお金を得て幸せになるのだとか、多くの人を助けることが幸せであるとか、自分の欲求を実現して幸せになるのだとか、これをしていくことによって幸せになれると思い込んでいるようなと…

損するよりは得したい

わたし達は当然ながら、損するよりも得したいという思いがあります。 いいえ「わたしは損しようが得しようが別に関係なくとっても幸せです」といえる人がいたら、その方はもしかしたら悟りに近いかもしれません。(笑) 悪いことが起こるよりもいいことが起こ…

何の為に生まれてきたのか

いきなりですが、わたし達は何の為に生まれてきたと思われますでしょうか。 それは本当の幸せ、絶対の幸せの境地を感じるために生まれてきたといっても間違いではないと思います。 その為に仕事をしたり、たくさんの人の評価や信頼を得るようなことをしたり…

主語を変えてみる

わたし達はいつも平和や幸せを感じていたくて、様々な行動をとっているといえるかもしれません。 幸せになりたい~、本当に心から幸せと実感できることを体験したい~、もしくは苦しみから逃れたい、少しでも苦しんでいないところにいたい、平和な心地が続い…

習得のやり方

それぞれ各個人によって、ものごとの習得の仕方というのは違ってくるようです。勉強にしても、実技のようなものにしろ、スポーツや音楽にしろ、各々のやりやすい、慣れ親しんだ、より効率的なもののやり方というものがあるように思います。 今までこういうや…

理屈(マインド・思考)ばかりで生きていると

わたし達は、こうした方がよいとか、このようにすべきだとか、またはこうすればこうなるといった自我や思考を軸にして毎日を過ごしがちです。その方がなにか安全でいられるような気がしますし、思考という明確な根拠を感じられたりするからです。 そういった…

経験と比較があるといつまでも幸せになりにくい?!

この度引っ越しをして気づいたことなのですが、人によっては引っ越し先は十分環境がよいにも関わらず、そんなに満足してないというケースもあるのだなーということがわかりました。 以前と比べて、こんなお店がたくさんあったとか、あのお店があったとか、過…

ほーーーっとしたくつろぎは立派な坐禅

坐禅や瞑想をいざ始められて実際に取り組んでいくと、坐禅することや瞑想することに無意識に捉われてしまうことが起こったりします。坐蒲の上で足を組んで坐ることをしてみても、かえって疲れてしまったり、うまくいかないなーという感じで時間が過ぎたり。 …