つながる 海と空とkumo-nami

禅や本来の幸せ感について記しています。わたし達は元来の幸せ感(ただ在る感覚)を忘れていることで不安や不満が起こりさ迷います。本来ある感覚の気づきは、しあわせ~な心地よさです。それは言葉で表現することが追いつかない絶対的な感覚です。 なんだか生きるの辛くて5歳くらいから一度は出家して雲水になってみたいと思っていた、ただの寺女子のブログです。

先人のことば・教え

掘り起こし「鎌倉の時間 2008/7/12」

以下2008/7/12のブログです 7月より鎌倉の建長寺の坐禅会に参加しています。 建長寺坐禅会 | 大本山 巨福山 建長寺 若宮大路の大好きなパン屋さんを通るのが、おまけの楽しみでもあります。 鎌倉は、いつもと違った音に出合えます。オレンジ色の江ノ電バス…

3つのre・・・

50歳を過ぎる頃から、からだの変化や心境の変化から いままでのやり方でなく、違うやり方というのがあるのだろうな~というのを 感じるようになりました。 そういったいままでのやり方に違和感を感じながら また、新しいやり方を探したり試してみながら数年…

比べることをしないでいるのは幸せ感のはじまり

最近なにかと話題のアドラーですが なんとなく禅に似たところがあるのかなーなんて風に捉えています。 アドラー関連の違う記事でひとつのフレーズが気になったのですが・・ 「わたしには幸せになる資格がない」 こんな感じに無意識に思っている方は意外とい…

青空と坐禅へのいざない

うたた寝をして起きたら、外が明るくなっていたので窓を開けたら 朝一番の透き通った青空が広がっていました。 思いつきで書き記しているブログですが 禅について興味をもってくださる方も現れたりして嬉しく思っています。 実際に坐禅のやり方をお伝えした…

掘り起こし「白隠禅師『般若心経毒語註』から 2014/10/26」

般若心経にむかって白隠禅師(白隠慧鶴 - Wikipedia )が毒語(毒舌)を吐かれた本が「毒語心経」です。 毒舌というといかにもいやしい言葉ですが、誉めようにも誉める言葉がないから悪口を吐かれたのです。 「般若心経毒語註 」ー山田無文 - Wikipedia 著ー…

無駄なことは、本当に無駄なのだろうか

やっても得にならないことや、骨折り損のくたびれもうけだとか言われること、無意味なこと、は思考からみたらとっても嫌いなものです。 そういったものは、なるべく避けて、簡単に、効率よく、得になることの方が断然心地よいです。 では、無駄なことって本…

満足というもの

満足というのは、わたし(自己)においての視野の範囲においてだけ感じられるものではないのかなー。 もっと広い範囲においては、わたし(自己)という基準がなくなってしまって、満足や不満という意識はないのが本当だと思う。 そして不満足というのは、わたし(…

おもかる石

伏見稲荷が外国人に人気であるということから、何やら「おもかる石」というのがあるらしいです。 石を持ち上げてみて、重いと感じるか、軽いと感じるかで、思いが叶うとか叶わないとかの占いのようです。 ちょっとシビアな見方になってしまいますが、思うに…

さとり・・・・

さとりとは悟り、覚り、差取り。 自我はものごとを分ける見方をします、これとあれ、いまと未来、過去といま、わたしとあなた、この人とあの人、この国とあの国、この出来事とあの出来事、よいと悪い、できたとできない、勝ちと負け、損と得、憎いと可愛いい…

2つの詩

子どもの頃から詩やエッセイのようなものが好きです。 その中で特に心に留めておきたい、またこちらの詩そのもののような人生でありたいと思うことばがあります。 ー 「水の如くに」山田無文 - 水の如く 淀みなく さらさらと流れたい。どんなよいことがあっ…

主語を変えてみる

わたし達はいつも平和や幸せを感じていたくて、 様々な行動をとっているといえるかもしれません。 幸せになりたい~、 本当に心から幸せと実感できることを体験したい~、 もしくは苦しみから逃れたい、 少しでも苦しんでいないところにいたい、 平和な心地…

ほーーーっとしたくつろぎは立派な坐禅

坐禅や瞑想をいざ始められて実際に取り組んでいきますと 坐禅することや瞑想することに無意識に捉われてしまうことが起こったりします。 坐蒲(ざふ)の上で足を組んで坐ることをしてみても、 かえって疲れてしまったり、 うまくいかないなーという感じで時…