つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

研修会がらみ

*【2】 感謝の対象を限定しなくなると

感謝としあわせ感についてかきました 感謝をとばして、いきなり幸せ感というのもアリです。 たくさん働いたり動いたりして、 すごーくお腹がすいてもうペコペコだとします。 走り回って色々と食べものを探してもみつからない。といった折に ファストフードの…

*「わたし」をやめる・・・

禅に「すべては夢幻の如し」ということばがあります。 京都の苔寺(西芳寺)の建物の入り口に置かれている版があって そこに書かれた文字が「夢」の一文字だそうです。 参拝者の多くは夢をもつことは大事なことだと 解釈されるようですが、さにあらず すべては…

やりたいことをいまやる

禅の研修会のお話で、「もし余命数カ月だと宣告されたら」というのがあります。 残された命があと数カ月しかないとしたら、どんな風に感じられるでしょうか。 こうやって新緑の若葉をみるのも、今回限りだなー。 いま、ゆっくりと美味しいコーヒーを飲んでい…

*ちょっとした実験をしてみましょう

前回のブログで動作をする中で聴こえている音について、 ちょっと記しました。 今日は音や五感について、ちょっと実験をしてみましょう。 たとえば、いま聴こえている音がなにかありますか。 部屋の中にいるとすると、 空調の音や 人のしゃべり声、歩く音、 …

原点に戻る

2006/5より書き始めていた約10年のブログがトータルアクセスを25000超えました。 更新していないのに数が増えていることにビックリしたり面白いなーなんて思ってます。2001年より禅の研修会に参加を続けていることから、変化や感じたことなどを備忘録のよう…

喫茶去(きっさこ)

「喫茶去」という禅語があります。 喫茶去 | 禅語を味わう || 黄檗宗 少林山達磨寺 禅の研修会などでもお話になったこともある言葉です。 こちらは表面的な意味とさらにもっと深い深い意味あいがあります。 なのですがシンプルに、ホッと美味しいお茶を飲む…