つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*自分の機嫌をとるというのは心地よさを感じることでもある

SNSで斎藤一人さんのことばをみかけるのですが 今日はこちらの内容でした。 戦争を起こす人や 人殺しをする人に 機嫌のいい人はひとりもいない。 みんなイライラしている なまじ同情してね、 ちょっと構ってあげようなんてことを、 する必要はないです。 同…

3次元的生活のなかでのからくり

最近みじかなところで「お金」についての話題を多くふられるので 今日は「お金」について書いてみたいと思います。 いつものことですが よくまとまってから書くことはほとんどなくて こうかな~?と書いているうちに、 なんとなく記事になるような散文的スタ…

*分離感が外れると

小学校に入学する前後の時期から、漠然と 本当の幸せについて思いを馳せていたような気がしますが 周りからみると、 かなり変わった子どもだったと思います。 苦しみ、困難、混乱、葛藤は、 多かれ少なかれ誰もが 人生のどこかのタイミングで味わうことです…

でてきた思考も感情もクセのようなもの

わたし達は知らず知らず自分の思考や感情というパターンのようなものと一緒に過ごしています。 その人のもつ遺伝子やDNAなのか、育った環境による因子なのか、仏教的には業なのか、状況においての大体のパターンのような反応の仕方があります。 なんとなくい…

テキ(対立)をつくらなければ、すべては味方

わたし達のエゴ(自我)はなにかしようと思うのには いまと違って、こうやればこうなるという目標や こうなりたいけれどそうなれなくて、いまがイヤだから変えようとか 悪いところを良くしようというものがあります。 禅はすべてはこのままでカンペキにものご…

習慣が人をつくる

どこかできいたことのある言葉ですが、 「習慣が人をつくる」 やっぱりそうなんだと実感することが多いです。 ブログを書くにしても やっぱり習慣というものがあって 忙しかったり、体調思わしくなかったり、行事がてんこ盛りだったりとかで 書かない日が続…

おすすめなのは

例えば、自分にとって辛い状況や 問題だなーとか 苦しかったり メゲるような状況のとき、 って誰にでもあるものです。 そのときに、なんとなく自分のパターンというのができているかもしれません。 自分がものすごくガマンする傾向だったり、 相手に思うこと…

*掘り起こし「苦労は人を育てる?育てない? 2013/4/16」

ネットのとある方についての記事をみると、 もし幸せになってしまったら それ以上の幸せにはなれない、 というくだりのお話がありました。 様子を伺う限り、 結局ずっといつも幸せになるために がんばっておられる様子でした。 「幸せになってしまったら、 …

禅 ー ZEN とは

禅をシンプルに2点に絞って説明すると・・・ 一般的な幸せは、お金を得たり社会的な成功を果たしたりといった なにか目標を達成する幸せで、 なにか手段や行為を介する幸せなのですが 禅は、何かを得たり目標を達成する幸せでなく 手段のない幸せであり、 手…

*比べることをしないでいるのは幸せ感のはじまり

最近なにかと話題のアドラーですが なんとなく禅に似たところがあるのかなーなんて風に捉えています。 同じ アドラー関連の、とあるフレーズが気になった記事。 「わたしには幸せになる資格がない」 こんな感じに無意識に思っている方は 意外といらっしゃる…

*がんばらない勇気

さきほどまで「無」について書こうと思っていたのですが、 ふと思いつきで 違うことについて今日は書いてみたくなりました。 がんばらないことについて・・・ 儒教の伝来や古くから日本の教育方針などによって、 がんばることがよいこと、 優れていること、…

*青空と坐禅へのいざない

うたた寝をして起きたら、外が明るくなっていたので窓を開けたら 朝一番の透き通った青空が広がっていました。 思いつきで書き記しているブログですが 禅に興味をもってくださる方も現れて嬉しいです。 実際に坐禅のやり方をお伝えしたいところですが 「場づ…

*「わたし」をやめる・・・

禅に「すべては夢幻の如し」ということばがあります。 京都の苔寺(西芳寺)の建物の入り口に置かれている版があって そこに書かれた文字が「夢」の一文字だそうです。 参拝者の多くは夢をもつことは大事なことだと 解釈されるようですが、さにあらず すべては…

ことばとその人

facebookネタになりますが、総長あいさつ - 入学式における式辞 に、 「それぞれの年齢は、それにふさわしく開く花々を持っている」 というのがありました。 おーーーー、すてき、じゃないですか。 引用元の マルセル・プルースト、一体どんな人なのだろうか…

すぐ忘れちゃうけど忘れちゃいけない、大切なこと

幸せ感についての大切なこと ものや評価など あらゆる対象にフォーカスすればするほど、 視野が狭窄されて、 無意識に元来の幸せ感とは離れてしまう 求めることは障害ではなく 執着して求めると 他がみえなくなってしまうので いまある心地よさが感じられな…

やりたいことをいまやる

禅の研修会のお話で、「もし余命数カ月だと宣告されたら」というのがあります。 残された命があと数カ月しかないとしたら、どんな風に感じられるでしょうか。 こうやって新緑の若葉をみるのも、今回限りだなー。 いま、ゆっくりと美味しいコーヒーを飲んでい…

半分努力して半分は努力しない、伝わることと伝わらないこと

ブログを書くことを通して、伝えたいことや思うことを表現していますが、読んでくださる方から、色んな感想や言葉をいただきます。 心がザワザワしている時に、読んだらスーッと落ちついたとか、 ちょうどタイムリーな記事だったとか、 感想をくださる方の多…

*「知足」・・は自由意志

日ごろの生活をすごしていると、 やはり、こうしたいけどならない、 ということが多かれ少なかれあります。 なにか食べたいけど、 なにかの理由で食べることができない、とか、 なにか(お金、友人、成果や承認、愛情などが)欲しいけど、 なかなか思うよう…

ポイントは「しみじみと」

前回のブログでは、うとうとした居眠りのような感覚が覚醒状態に近いということを書きました。 うとうととした時以外でも、美味しいものを食べた時、仲のいい友達と一緒にすごした時、なにかに感動した時、あったかいお風呂に浸かった時、とっても満足した時…

*なんにもないシアワセ

なんだか・・・・妙にシアワセ~っていう感じは、 誰でも感じることがあるのかな~と思います。 気持ちよく晴れたお天気のよい日とか、 今日もそうです。 もう充分シアワセだなーーっていう感じ。 ほどよい温かさと心地よい疲れの時に、 寝てはいけないけど…

*視野の範囲を修正する

なにかに向けて動き出としたい、とします。 そして程度の差はあれ方向性がみえてきた時に、 そちらへ向かって進んでいきます。 その方向性がクリアであればあるほど、 進む速度はたぶん速くなるのだろうと思います。 その方向でよい結果のことが起ころうと、…

*なにかのせいにする、ということ

もしも なにかものごとがうまくいかない (思ったように進まない)とき、 つまり、思い通りにならないようなとき、 なにかのせいにしてないでしょうか。 例えばあの人がこんなことを言ったから、とか 自分がこんなことしなければ、とか、 誰かのせいにしたり…

*吉野 弘さんの詩  その2

吉野弘さんの詩、続きです。 「夕焼け」 (前略) やさしい心の持主は いつでもどこでも われにもあらず受難者となる。 何故って やさしい心のの持主は 他人のつらさを自分のつらさのように 感じるから。 やさしい心に責められながら 娘はどこまでゆけるだろ…

*掘り起こし「とある詩 2008/8/5」

韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン 』をみて、 なんとなく響いた詩です。 *愛しなさい、傷ついた事がないように*踊りなさい誰も見ていないように愛しなさい傷ついた事がないように歌いなさい誰も聴いていないように働きなさい お金が必要でないように生…

*掘り起こし「白隠禅師『般若心経毒語註』から 2014/10/26」

江戸時代の禅僧である 白隠禅師(白隠慧鶴 - Wikipedia )が 般若心経について 毒語(毒舌)を吐かれた本が「毒語心経」です。 毒舌というといかにもいやしい言葉ですが、 誉めようにも誉める言葉がないから悪口を吐かれたのです。 「般若心経毒語註 」ー山…

*吉野 弘さんの詩  その1

なんとなく好きでポストカードをもってるのが 吉野弘 - Wikipedia さんの「祝婚歌」。 久しぶりにもう一度よんでみました。 「祝婚歌」 二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは 長持ちしないことだと気付…

*掘り起こし「癒し 2007/6/10」

ひとつのテーマに随分と時間をかけて取り組んでいたんだなー、 ということに気づきました。 人が生きるうえで、大切なことの共通のテーマかもしれないです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 以下2007/6/10のブログ 電車に乗っていると、 むかい男性が「…

*坐禅している「わたし」は誰ですか

坐禅や探究を始めて間もなく多くの方々は、 こんな質問がやってくるのかと思います。 「坐禅をしているわたしとは一体誰ですか?」 じつは、とっても深いです。 ことばで表せないんです。 それで、 「さあー誰でしょうー」とこたえると、 質問した相手は、 …

探究のひとつのやり方

禅の悟りや、真理に至るのに、具体的な気づきのもとになるのが、「わたし」というものが本当にあるかどうかみていくことです。 わたしというのをみていくのに、日常生活の中でとてもやりやすいのが、「わたしが・・・(行為する)」と、 「わたしの・・・(…

無駄なことは、本当に無駄なのだろうか

やっても得にならないことや、骨折り損のくたびれもうけだとか言われること、無意味なこと、は思考からみたらとっても嫌いなものです。 そういったものは、なるべく避けて、簡単に、効率よく、得になることの方が断然心地よいです。 では、無駄なことって本…