つながる 海と空とkumo

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところを記しています。わたし達は元来の幸せ感を忘れていることで不安やときに不満になり迷い続けます。本来ある感覚の気づきは、しあわせ~な心地よさです。それは禅ともつながっていて、さらに本当のしあわせにも通じる扉でもあります。

理屈(マインド・思考)ばかりで生きていると

わたし達は、こうした方がよいとか、このようにすべきだとか、またはこうすればこうなるといった自我や思考を軸にして毎日を過ごしがちです。その方がなにか安全でいられるような気がしますし、思考という明確な根拠を感じられたりするからです。

そういった姿勢は人生の中でしばらく続いていくものだと思います。

ただし自我や思考を指針にして、思考にばかり頼っている人生というのは正しいという大義名分はありますが何とも窮屈で、奥行きがなくて表面的であり、堅さで塗り固められた遊びがない、ステレオタイプのものでしかないという気がします。

ガンバってやっているのに、正しいことをしているはずなのに、これだけ辛いことを我慢してやっているのに、なんだか周りはうまくいかないとか、人生なにか辛いことばかり・・・ということがあるとすれば、それはハートの内側に眠っているなにかを呼び覚ます必要があります。

その続きを書いていくとドンドン精神世界のような違う方向にいってしまうのでこの場では控えます。

 

ひとつだけシンプルにいえることは、なにか今とは違うものをガンバってやることによって何かを手に入れようとすること、これをやっていくことは残念ながら新しい改革をもたらすことはなくて、やってもやっても思うような結果は出ずに辛さが延々と続いてしまうことでしょう。

 

なぜか・・・。

ロンダ・バーンの「ザ・シークレット」などを読んで引き寄せを試みて、うまくいったという方は少ないのではないでしょうか。

どうして・・・。

答えはとってもシンプルです。

現状にいま満足せずして未来の幸せを切望しているから・・なんです。

いまのこれはイヤだから将来はこうしたい・将来はこうなりたい、というのはいまを否定しているので、いまはイヤだからーーが未来に投影されて、いまイヤだーという現実が引き寄せられているということです。

 

自我での思考的構築というのは、どうしても今の改善点や改良点を探して、それをいかに克服するか、乗り越えるか、改善していくかというものでしかありません。

「だっていまがイヤだから将来はよくなりたい」という見方しかできないです。

自我を軸にしていると、それ以外の見方ができません。そしていつまでも、こうした方がよい、こうするべきだ、のくり返しで延々とよくなったり悪くなったりと苦しみから解放されることができません。

 

引き寄せのコツというか、思考の引き寄せでは引き寄せられないものを引き寄せるには自我以外の感覚というものが大事になってきます。

いまイヤなことがたくさんあるかもしれないけれども、そのなかで1つか2つだけでも何か心から幸せだなーとか、ありがたいなーと感じられるものが必ずあります、その幸せ感をたっぷりと感じ入るのです。

あー幸せだなー十分だなーという心地にありながら、こうなったらいいなーをやっていきます。その時には多分執着もあまりないはずですので、結果に対しても何が何でもこうならなきゃいやだというのもほとんどない状態だと思います。

力の抜けた状態で幸せ感にありますので、こうなりたいということをもしやらなくても、その幸せ感にあるということが同時に未来に心地よいものを投影していることになるので、結果的にその人はいつも幸せな心地でいる状況を引き寄せていることにもなります。

また幸せな状況というものに関わらず、いつも幸せです。

 

これがシンプルで究極の法則であると思っています。

わざわざ「シークレット」として扱わないで、本にも書かれていませんが、とっても大切でそして人生を幸せにしてくれる重要でシンプルな法則です。