つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*りくつばかりで生きていると

自我の「わたし」は、

こうした方がよいとか、

このようにするべきだとか、

こうすればこうなるといったように

思考を軸にして毎日を過ごします。

その方が安全でいられるような気がしますし、

思考特有の明確な根拠を感じられたりするからです。

そういった姿勢は

人生の中でしばらく続いていくものだと思います。

ただ、自我や思考を指針にして、

思考にばかり頼っている人生というのは

正しいという大義名分はありますが

何とも窮屈で、

奥行きや深さがなくて

表面的でうすっぺらくて、

かたさでぬり固められた

遊びがない、

ステレオタイプのものでしかないという気がします。

 

がんばってやっているのに、

正しいことをしているはずなのに、

これだけ辛いことを我慢してやっているのに、

なんだか周りはうまくいかないとか、

人生なにかと辛いことばかり・・・だとすれば、

それは奥底に眠っているなにかを呼び覚ます必要があります。

 

続きをかいていくと、精神世界のような

どんどん違う方向にそれてしまいそうです。

 

ひとつだけシンプルにいえるのは、

本心に反してでもいまとは違うものを

がんばってやることによって何かを手に入れようとすること。

これをやっても

残念ながら新しい改革をもたらすことはできなくて、

やってもやっても思うような結果は出ずに

辛さがえんえんと続いてしまうことでしょう。

 

「ザ・シークレット」の読者が引き寄せを試みた結果、

99%以上がうまくいかなったと回答しているそうです。

 

どうしてそんなことになっちゃうのか。

こたえはとってもシンプルです。

 

現状にいま満足せずして

未来の幸せを切望しているから、です。

いまのこれはイヤだから将来はこうしたい

いまはイヤだから将来はこうなりたい、

というのは

いまを否定しているので、

いまはイヤだからーーが未来に投影されて、

いまがイヤだーという現実が引き寄せられます。

 

自我の「わたし」による思考の構築は、

どうしても今の改善点や改良点を探して、

それをいかに克服するか、

乗り越えるか、

改善していくかというものでしかありません。

 

「だっていまがイヤだから将来はよくなりたい」

という見方しかできないのです。

自我の「わたし」を基軸にすると、

それ以外の見方ができません。

そしていつまでも、

こうした方がよい、こうするべきだ、のくり返しで

よくなったり悪くなったりをくり返して

迷いや苦しみから解放されることができません。

 

引き寄せのコツというか、

思考による引き寄せでは引き寄せられないものを

引き寄せるには自我の「わたし」ではないところの

感覚というものが大事になります。

いまイヤなことがたくさんあるかもしれないけれども、

そのなかで1つか2つだけ

心から幸せだなーとか、

ありがたいなーと感じられるものをみつけて

その幸せ感をたっぷりと感じ入るのです。

 

あー幸せだなーーーー、

じゅうぶんだなーーーーーといった

心地よさにありながら、

そのうえで

こうなったらいいなーをやっていきます。

その時にはたぶん執着もほとんどないはずですので、

結果に対してこうならなきゃいやだというのも

ほとんどなくなってしまうと思います。

力の抜けた状態の幸せ感なので、

こうなりたいということをたとえ行為しなくても、

その幸せ感にあるということが

いま心地よいのと同時に

未来にも心地よさを投影していることになるので、

結果的にその人はいつも幸せな心地でいる状況を

引き寄せていることにもなります。

 

こういったことが定着されると

不思議かな

その人は幸せな状況というものに関わらず、いつも幸せです。

 

これがシンプルで究極の法則なのだと思います。

わざわざ「シークレット」として扱わないで、

本にも書かれていませんが、

とっても大切で

人生を幸せにしてくれる重要でシンプルな法則です。

 

ただし、

未来こうなったらいいな~と思ったとしても

その通りになるとは限らなくて

思った通りではないかもしれないけれど

幸せな状況ではあるというところもお忘れなく。