つながる 海と空とkumo-nami

禅や本来の幸せ感について記しています。わたし達は元来の幸せ感(ただ在る感覚)を忘れていることで不安や不満が起こりさ迷います。本来ある感覚の気づきは、しあわせ~な心地よさです。それは言葉で表現することが追いつかない絶対的な感覚です。 なんだか生きるの辛くて5歳くらいから一度は出家して雲水になってみたいと思っていた、ただの寺女子のブログです。

タッチと回す

引っ越しをして新しいガスコンロになりました。

 

今までの押しながらぐるっと回すのじゃなくなって、

しばらく押してチチチチと音をきくタイプになりました。

 

タッチだと、ワンタッチのようにぽんと一つの動作ですぐに動作が起こります。

 

回すのだと、日頃使わないからだのある部分を使って力を入れながらスイッチを入れます。

 

タッチはデジタルっぽくて、回すのはアナログっぽいです。

 

昔の黒電話もジーっ、ジーっと回してはさらに戻ってくる動きがありました。

 

 

日頃の何気ない動作がどんどん進化と共に速くなって、カンタンになっています。

 

書くこともパソコンでできます、

以前はペンや鉛筆に万年筆、それ以前は墨と筆でした。

 

手間も省けてカンタンになった分、

動作をするときに感じる感覚というのもスルーされやすくなります。

 

書く時の感覚ってありますよね、でもパソコンでも実はあることに気づきます。

指がボードにあたる感覚とか、キーを押す音とか跳ねる音とか。

 

何気ない動作にも見過ごしている感覚があるものです。

感覚に意識を向けていると、

勝手に思考が湧いてくるのがわかります。

その思考にはちょっとしたアイデアのようなものも含まれます。

 

こんな感じでアイデアを出そうと思わずして出てくるものって、

本音にそったかなりいい感じのものが多いです。

 

日常のちょっとした動作から遊んでみるのもたのしいのだなと思います。

 

愉しいというのは、感覚的な気づきがあるということです。