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つながる 海と空と水の色

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところについて書き記しています。元来の幸せ感が実感できない時にわたし達は不安や不満になり迷い続けます。各々にもれなく備わっている本来の感覚に触れたり気づくことで充足されますが忘れてしまい様々な苦しみを経験します。その感覚は右脳で味わってみるとなんとな~く感じられるものです、右脳でほわ~っと読んでくださると新たな気づきがあるかもしれません。

「思い(マインド)の性質」 掘りおこし2013/4/13

掘りおこし 2012から

思考(思い・考え・意思・マインド)は、2つに分けるという質があります。

それは瞬時にかつ無意識に、いいと悪い、いいとよくないを分けたり、つくります。

☆いいグループ
思う通りになった=うまくいった=成功=幸せ=気分いい

★悪いグループ
思うようにならなかった=うまくいかなかった=失敗=問題あり=幸せではない=(場合によって不幸)=気分悪い

こんな感じです。


マインドは動きを始めると、いつまでも傾向と対策を反芻し続けます。
実践して、また巻き直してさらに延々と続けます。

常に「あるポイント」をみつけて、それに向かって検討して策を講じます。



そこでひとつじっくりと考えておきたいことがあります。
 果たして自分の思う通りになったことが本当に幸せなのだろうか、ということです。

よくよく考えると、
実は思う通りになるのが幸せだと思い込んでいたけど本当は違ったかも、
もしくはいい気分だったというのはすぐになくなってしまうような幸せだったのではないか、ということです。

「あるポイント」を攻めていっても、幸せとはいい難いのが実際に感じることではないでしょうか。
逆に「あるポイント」攻める作業の連続に、疲れたりしていませんか。

そういったことに気づいたり、体感できたりしていくと、
マインドのもつ判断するという性質(いいと悪い)(損と得)に影響されなることが少なくなってきます。

それよりもグルグルして重たーいマインドのないところにある、
スーーーーっとしたところを感じた方が、遥かにラクなんだなーということが体験的に理解できるようになったります。
「あるポイント」は気になるかもしれないけれども、そのままにしながら意識はスーーーーっとしたところに合わせるというような感じです。

 

 


曹洞宗大本山總持寺」の坐禅会に参加した折にも、講話の中で「苦しみとは思い通りにならないこと」だとお話されていました。

思考よりも、思考が出てくるホンのちょっと前のそれがないところのラクーな感じ。
思考してグルグルになっていってしまうよりも、ここを感じることの方が苦しみがなくてラクに違いないのです。

 

ということは、

思考を減らしたり増やしたりといったことは意図的にコントロールできないですが、思考をどんどんつなげていっても幸せにはつながらないんだなー、ということに気づくことができるだけでも随分違ってラクになってくると思います。

 

思考しているいま、いまが思考になってるなーと気づくといまにあります。

 

いま思考のないところにあると、いまがあります。

 

いまが消えないいまで、
元からあるいまの幸せに気づく入口でもありそのものでもあるのです。