つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*吉野 弘さんの詩  その1

なんとなく好きでポストカードをもってるのが

吉野弘 - Wikipedia さんの「祝婚歌」。

 

久しぶりにもう一度よんでみました。

祝婚歌

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで

疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には

色目を使わず

ゆったり ゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと 胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そして

なぜ胸が熱くなるのか

黙っていても

二人にはわかるのであってほしい

 

吉野弘さんの「祝婚歌」 より

 

ついでに他の詩もみたくなって本を一冊買ってみました。

吉野弘詩集 (ハルキ文庫)

 

 

 

そうしましたら、なにやら新しいことがわかりました。

吉野弘 作詞、高田三郎 作曲の合唱曲があって

そちらの曲を

聴いていた覚えがなんとなーく、ありました。

 

 合唱組曲「心の四季」より

「風が」「みずすまし」「雪の日に」、

この3曲の記憶が

なんとなくメロディーととともにあるのです。

しょうじき当時中学生だったので

急に大人の世界をのぞくようで

曲も歌詞も暗めの複雑な世界を描いた重苦しい印象が強くて、

なんだかはっきりとは意味がわからない感じでした。

 

それが何年も過ぎて、

歌詞とともに聴き直してみると、なんだかよく理解できるのですね。

日常のことばの中になかなか深い意味が含まれた表現に驚いたり、

しんみりしたり、

ジーンとしたり・・・でした。

 

 

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「風が」

風が桜の花びらを散らす
春がそれだけ弱まってくる
ひとひらひとひら舞い落ちるたびに

人はみえない時間に吹かれている

光が葡萄の丸い頬をみがく
夏がそれだけ輝きを増す
うちにゆかしい味わいをたたえ

人はみえない時間にみがかれている

雨が銀杏の金の葉を落とす
秋がそれだけ透き通ってくる
薄いレースの糸を抜かれて


雪がすべてを真っ白に包む
冬がそれだけ汚れやすくなる
汚れを包もうと また雪が降る

わたしはみえない時間に包まれている

 

 

「みずすまし」

一滴の水銀のような みずすまし。
やや重く 水の面(おもて)を凹(くぼ)ませて
浮いている 泳いでいる
そして時折 水にもぐる。

あれは 暗示的なこと
浮くだけでなく もぐること。

わたしたち
日常という名の水の面に生きている
浮いている。だが、もぐらない
もぐれない。ーー日常は分厚い

水にもぐった みずすまし。
その深さは わずかでも
水の阻みに出会う筈。
身体を締めつけ 押し返す
水の力に出会う筈。

生きる力を さりげなく
水の中から持ち帰る
つぶらな可憐な みずすまし
水の面にしたためる
不思議な文字は 何と読むのか?

みずすましーー
あなたが死ぬと
水はその力をゆるめ
むくろを黙って抱きとってくれる。
静かな 静かな 水底へ。
それは 水のやさしさ
みずすましには知らせない
水の やさしさ。 

 

 

 

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「雪の日に」

雪がはげしく ふりつづける
雪の白さを こらえながら

欺きやすい 雪の白さ
誰もが信じる 雪の白さ
信じられている雪は せつない

どこに 純白な心など あろう
どこに 汚れぬ雪など あろう

雪がはげしく ふりつづける
うわべの白さで 輝きながら
うわべの白さを こらえながら

雪は 汚れぬものとして
いつまでも白いものとして
空の高みに生まれたのだ
その悲しみを どうふらそう

雪はひとたび ふりはじめると
あとからあとから ふりつづく
雪の汚れを かくすため

純白を 花びらのように かさねていって
あとからあとから かさねていって
雪の汚れを かくすのだ

雪がはげしく ふりつづける
雪はおのれを どうしたら
欺かないで生きられるだろう
それが もはや
みずからの手に負えなくなってしまったかのように
雪ははげしく ふりつづける

雪の上に 雪が
その上から 雪が
たとえようのない 重さで
音もなく かさなってゆく
かさねられてゆく
かさなってゆく かさねられてゆく

 

 

 そしてこの「雪の日に」の詩は、浜田省吾さんの

「悲しみは雪のように」に影響を与えたものだったようです。
浜田省吾さんの曲のなかで好きな曲のひとつです。

 

matome.naver.jp

 

 

 詩集のなかには、まだ紹介したいものがいくつかあります。

それはまた次回ゆっくりと載せたいと思います。

 

また作詞が吉野弘さんではありませんが、
高田三郎 - Wikipedia 作曲の

合唱組曲水のいのち - Wikipedia 」も記憶があります。 

高田三郎さんは合唱組曲ではあまりに有名です。

 

 

NHK特集 世代超え愛される「祝婚歌」の最後の部分にある
大越健介さんのコメント

「愚かでいるほうがいい、ずっこけているほうがいい。

そうか、それでいいんだと救われる思いがするのは、私だけでしょうか。」


こちらに、本音と安堵と、

気楽さに救われるような気持ちが感じられて

好感度高いな~と思いました。