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つながる 海と空と水の色

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところについて書き記しています。元来の幸せ感が実感できない時にわたし達は不安や不満になり迷い続けます。各々にもれなく備わっている本来の感覚に触れたり気づくことで充足されますが忘れてしまい様々な苦しみを経験します。その感覚は右脳で味わってみるとなんとな~く感じられるものです、右脳でほわ~っと読んでくださると新たな気づきがあるかもしれません。

かたづけ熱

徒然エッセイ

なにやら、むくむくと、そしてじわじわと、かたづけ熱が出てきたようです。

というのも春だからなのでしょうか。

ここに引っ越して、もうすぐ1年。

ものたちの量も、いまのおうちのキャパに見合ったものとなりつつあります。

それはそれで満足な幸せな気持ちで過ごせるのです。

そして
お出かけをしてみますと、「いまの季(気)」つまりタイムリーであって、いまどきの感じみたいなのが感じられますと、

さらにおうちのなかにあるものを新しくみてとれて、なくてもいいじゃないかというものをみつやすくなります。

好きなものをまわりに増やすことは大好きです(星占いでいう牡牛座っぽい)。

また、けちけちするのも嫌いだったり、たっぷりサイズがなんだか好きなのも影響していると思います。

 

しかし気づくのです。

好きだからもってるんだけど、自分の土俵にもちこむだけで終わっているものがある、っていうことを。

一緒にあると安心したり、心地よい気持ちになるのだけど、それだけで終わるものってあるし、そうじゃなくて、自分がそこに手を加えていくというか、ものと一緒に作り込んでいくというか、そういったものもあるみたいです。

そこの比重が、いつの間にかバランスがおかしくなると、どうも、ものが増えて、おうちで過ごす時間なのに落ちつけなく感じます。

 

そして、いつのまにかあるだけになっちゃったものというのが、ランニングコストというのがかかっていて、なんだか無言の圧迫感で、はたと気づいたりもしました。

 

おうちにあるもの達と、またこれから対話してみようかなと思います。

引っ越して1年目が1スピン、そしてこれから2スピンとでもいうのかな。

自分のいまの年代と、おうちにあるものの心地よい割合と、ものそのものとうまくつきあえるのか、ということ。

おうちのもの達を取捨選択するということは、

いま自分の好きなものとか、いまのライフスタイルの洋服とか、いま使って好きだなとか、いまこのものを通して時間を過ごしたいなとか、

じつはつまり
普段の生活が続くなかで見えづらくなっている、いまの自分というものを認識させてくれるワークみたいなものなのかもしれないなー。

 

春の陽気なお天気に誘われて、たのしくワークするのもなかないいんじゃないかと。

 

といいつつ雨が降ってるし。

まあ、雨でも晴れでもかたづけ熱というのがあるうちは、どんどん進みやすくなるものだなー。

 

そういえばこんまりさんこと近藤麻理恵さんの片づけも「祭り」のように一気にやるというのだけど、それってもしかして、このかたづけ熱のあるうちっていうことなのかなーと、ちょっとリンクした気になりました。

 

かたづけ熱、

知らないうちになくなるものだから、

あるうちにとっとこやるっていうのも、確かに一つの策に違いない。

 

ミニマリスト至上的なほとんどものがない状態では落ちつかないタイプなので、ほどほどに、そこそこに、なんちゃってかたづけぐらいの、ゆるい感じでゆっくりとやりたいのだけどな・・・。