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つながる 海と空と青

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところについて、思いついたまま描き記しています。元来の幸せ感を忘れているとわたし達は不安や不満になり迷い続けます。万人にもれなく備わっている本来の感覚の気づきは、しあわせ~な心地よさがあるだけです。

「わたし」をやめる・・・

禅では、「すべては夢幻の如し」というのがベースにあります。

 

京都の苔寺(西芳寺)の建物の入り口に置かれている版があって

そこに書かれた文字が「夢」という一文字だそうです。

参拝者の多くが、夢をもつことは大事なんだと解釈されるようですが

然にあらず、

すべては夢の如し、夢と同じ扱いであるよ、という教えです。

 

余談ですが子どもの頃、実家の玄関にある額に絵や文字など色々と飾られていたのですが「夢」の書文字もありました。

どういう意味のつもりだったのか・・・、ナゾのままです。

 

 

15年以上前に初めて禅の研修会に参加した頃、

なぜ参加するようになったのか・・・を思い出し辿ってみると

ひと言でいうなら、単に苦しかったに他なりません。

何をやってもうまくいかなくて、やればやるほど身動きがとれなくなるような

たとえるなら

自分の片方の足がもう片方の足で踏みつけていて、

踏みつけている側の足を外せばいいことはわかってるけれども

どうしても外せないでいるような感じ。

前に踏み出していきたいけれども

できなくて

なにかに寄りかかることもできず

いっそのこと転んでしまうこともできなくて、

どうにもできない状態で、にっちもさっちもいかない感じでした。

 

研修会に参加してみて、

何回お話をきいても到底わからないですし、

心地よい感覚ということも、リンクしなかったので

本当に全然わからなかったです。

わからないということがわかった感じです。

 

なのですが

お話の中でのたった一言だけは、その頃のわたしにとって、とても助けになりました。

苦しいなーというのは相変わらずだったのですが

そのことばがまるで

流れに溺れかけているわたしが唯一

やっとのことでつかむことができる藁の切れ端のようでした。

例えると、暗闇から薄っすらとみえる一筋の光のような感じみたい。

 

 

研修会の参加を重ねるごとに、いろいろと気づくことがありました。

そして、はっきりと思うことは

講師が言っていたことは、本当にそうだったなーということです。

 

 

そこで、もしいま苦しいなーと思う方がおられたとしたら

なにかお伝えすることができるとすれば

「わたし」をやめる、ということです。

 

苦しんでいる「わたし」

頑張っている「わたし」

うまくいってない不運な「わたし」

スゴイ「わたし」

お金がない「わたし」

たくさんお金がある「わたし」

どれも、いいこと悪いことの相対の「わたし」に他なりません。

相対をつくってしまって、そこに留まる限りは

うまくいったり、うまくいかなかったり、

苦しかったり、幸せだったり、

うまくいかなくて、うまくいかなかったり、

ラッキーだったり、不運だったり、

お金もちだったり、貧乏だったり、

そういった相対のなかをあちこちと移動しているだけになります。

そうすると結局

幸せだったり、幸せでなかったり、という動きをくり返すことには変わりなく

それだけで一生が終わってしまいます。

 

もし「わたし」というものがなければ

苦しい「わたし」も幸せな「わたし」も存在しなくなります。

 

そうなると、なぜ幸せなのか・・・。

幸せな「わたし」がいなくて

どうしてそれが幸せなのか・・。

これは思考の範囲では理解できないものとなりますが

実際に感じてみることによって理解が起こるようになります。

 

もしかしたら気の遠くなるようなお話に聞こえるかもしれませんが

わからないづくしから始まっても

誰にでもその感覚はあるものなので

案ずるより産むが易し。

考えるよりそっと感じてみること。

 

その感じることが、答えそのままだったりします。

 

なんにもないけど、

なんだか幸せなんだな~みたいな感じ。

生きているだけで幸せだわ~という感じかもしれません。

 

これがゴールでもあり、プロセスでもあるものです。

 

もっというと

幸せが感じられなくても別に問題と思えなければ、

それが「シアワセのベース」ということになります。

 

  

怒っている「わたし」

辛くて悲しい「わたし」

イヤだなーと思っている「わたし」

焦っている「わたし」

・・・・・

「わたし」をやめると

シアワセのベースがふと現れてきやすくなるのです。

 

 

 

冒頭のお話に出てきた

溺れているときに藁をもすがる思いの藁になったことば。

これは

またの機会にしたいと思います。

ちゃんちゃん♪

 

 

 

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ブログでお会いできてうれしいです、ありがとうございます^_^