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つながる 海と空と水の色

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところについて書き記しています。元来の幸せ感が実感できない時にわたし達は不安や不満になり迷い続けます。各々にもれなく備わっている本来の感覚に触れたり気づくことで充足されますが忘れてしまい様々な苦しみを経験します。その感覚は右脳で味わってみるとなんとな~く感じられるものです、右脳でほわ~っと読んでくださると新たな気づきがあるかもしれません。

標準装備の基準

シンプル禅

さきほど立花大敬さんのfacebookの記事をみてからの

思いつきの流れで書いています。

 

立花大敬さんは

「心はゴムひも?!」や「神様の壺〔新訂版〕 ~大敬先生《しあわせ通信》第二集~ 」などの著書が有名ですが

もともと清水克衛さんの本屋さんでとりあげられたことから、

徐々に広まって有名になり、現在は講演会活動などもされています。

「心のゴムひも理論」は、禅の修行をされた中で公案をとく経験から 「把住と放行」のお話はとても興味深いものです。

 

清水店長の読書のすすめ

 

 

立花大敬さんは、禅の会を開催されていて

facebookにも時おり記事がアップされています。

 

 

 今回の記事は

「ニセモノの化けの皮が

 ボロボロ

 はげ落ちてゆく時代

 

 まっとうなもの

 まじめなものが

 見直される時代」ということばでした。

 

同じようなことを感じたり、思われたりした方もいらっしゃるのではないかと思います。

 

個人的には2012年前後あたりから

色々なものが進化するのが速くなっているなーと実感しています。

よいものにつけ、そうでないものにつけ

人が意識を向けている方向やものによって

まったく違う人生、違う結果になるものだなと思います。

それぞれ進化するスピードが速くなっているので

いままでだと何十年と経て表に出ないような結果やものごとでも

いまは割とすぐに結果がでたり、
なにかの形でカンタンにはっきり現れたりするように感じます。

 

10年ひと昔と言われた時代もありますが

いまは10年15年前では雲泥の差で、

使っている機械的なもの、ハードウェア的なものもかなりガラッと変わり

まったく新しいものが開発されたり、

コミュニケーションの形態も様変わりしています。

また、こころや精神的なものに関して

生き方といったものも新種的な傾向がみられたり、

秘教的な本質に近いものが日常的にメディアや生活の場で共有されているように感じます。

 

そういった「とき」の流れの時代のなかで

いま大事なことは

「なにに意識を向けて日常過ごすのか」ということ。

 

これによって明らかに違った人生、まったく違った人生になります。

みているものや日頃意識しているものが急速に淘汰されて

はっきりと出やすくなっているので

意識を向けるものによって天と地ほどの差が表れてきます。

 

そうなると自然に

標準装備された自分の価値基準というものを認識するようになります。

そこからいろいろなものに目を向けて

違う基準や判断というものを知り、そこに気づきをもったり

体験したり、学んだりして

生きやすい、本物の基準というものをみつけていくのだろうと思います。

 

ただし、情報も過剰に提供されている時代なので

やはり、そこから自分が本物だろうと感じられるものを選んでいくことが大事です。

でも時には、違うものを選んでしまうこともあります。

もしそうなったら

それは違うものを選んで体験したことで

本物をみる目がひとつ養われたということです。

 

なにが本物なのかを選ぶ目や選べる体質をもちつつ人生を過ごしたいところです。

ただ本物はひとつではなくて、たくさんあっていいのだと思います。

人によっても違うし、その人の「とき」によっても違うものだと思います。

その人の「いま」にとっての本物を選択していくと、

いつの間にか本物のレベルが進化していくようなスタイルなのだと思います。

 

それには、頭の知識ではなくて

実際に体験して感じてみることを日頃からやっていくというのが

非常にポイントになるのだと思います。

 

頭で、いいとか悪いとか

正しいとか正しくないとか

数字でみて得になるとか損するとか

ではなくて、

もうちょっと感覚的なもので

好きとか嫌いとか

いい感じがするとかなんだかいい感じがしないとか

心地よいとか心地よくないとか

クリアでスッキリとしているとかザワザワしているとか

静かであるとか雑多であるとか

広々しているとか窮屈な感じとか

なにかそういった感覚として感じられるところ。

 

そういった感覚に近いもので選んでいく方が

知識で選ぶよりも、

ずっと近道でストレートに連れていってくれるものです。

それには、頭が邪魔をしないことが大事です。

例えば

頭で計算をしたら全然プラスにならないけど、なんだか魅かれることなど

もしあれば、それはGOサインなんです。

 

そんな感じで頭と違うところの感覚で選んでいくことをやっていくと、

きっとその先には頭では想像もできないようなこと(ミラクル的なもの)が待っています。

また

感覚を重視して選択したり、行動するようになると

そんなに沢山調べたり、考えたり、ぐちゃぐちゃになったりすることがなくなります。

またもし、

そのことによって「失敗しちゃったじゃん」って思考がささやいたとしても

全然気にならなくなります。

なぜなら
そもそも失敗という概念がなくなっていきますし

揺るぎない自信というのも、芽生えてきますから。

 

もし一時的にそう思っても、心地よい方の選択をしていると

長期的には、とっても有り難いことにつながっていることがわかってきます。

 

まずは小さなことからトライして

徐々に体験して、慣れていくと間違いなく人生が軽くなっていくと思います。

 

それにはコツがあって、結果を気にしないことです。

もし駆け引きをすると、それは思考が入っていることになるので

感覚的な選択とは違ったものになっちゃいます。

 

ちょっとおもしろがってやってみるぐらいがいい感じになるはずで

ちょっとした秘訣になります。

 

 

 

禅のことばでは「両忘」というのがあります。

 

両忘についての記事もいろいろとあるようです。

 

禅語のおはなし。 『両忘』 『忘筌』: 坐・禅the-zenブログ-拈華微笑

 

 

端的にまさしくいいとか悪いということを思わない

判断しない、ということです。

もっというと

いいとか悪いというのを超えている領域です。

 

もっとも、あれこれ考えていたら行動できないですね。

感じることに正直にスッと行動するのがよいとわかっていても、

これができそうで、カンタンそうで、なかなか・・・。

考えてしまうのがフツウの人の習慣なので

フツウじゃない人になっちゃいますが

これもまたよし!

なにせ、やってみないことにはわからない類のものですから

やってみて体験して理解していくのが

一番の早道で、体得するやり方になります。


実践し続けていくと、

いつの間にか体得していたという感じになると思います。

 

 

坐禅も同じで結果を期待すると本来の坐禅とは異なってしまいます。

もし結果を期待していたら

あーやってるなーーとただ観るだけです、なんの問題もありません。

 

 

頭の判断と感覚の判断とどちらを優先するかに迷ったら

自分が軽くなる方を選択するのがよいと思います。

その状況で、もし思う方に選択できなかったら

できないな~、ニターっとしておいてください。

すべてはお任せなので、

それはそれで何も問題はなく、それもまたよし。なのです。