つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*掘り起こし「苦労は人を育てる?育てない? 2013/4/16」

ネットのとある方についての記事をみると、

もし幸せになってしまったら

それ以上の幸せにはなれない、

というくだりのお話がありました。

様子を伺う限り、

結局ずっといつも幸せになるために

がんばっておられる様子でした。

「幸せになってしまったら、

それ以上の幸せになれない」というのは

冷静に考えるとおかしな認識に思えます。

こんな風に、

よくよく考えてみるとおかしな思い込みというのも

気づかない限り認識できないものです。

 

そして、

誰にでも大なり小なり、

自分勝手な思い込みのような認識を

知らず知らず持ち合わせているところが

あるように思います。

2013年のブログを読んでみると、

わたしの中にも大きな思い込み、

即ち気づきがありましたので

掘り起こしで載せたいと思います。

 

なにか大きな気づきがあると、

進化といえるようなのものがぐっと起きてくるように思います。

 

そこで余裕があれば問うてほしいのが、

気づいて進化が起こったわたしとは、

どこにあるのか・・・。

と感じてみる問いです。

あるいは

その思考はどこからやってきたのか・・・。

と感じてみます。

 

 

感じてみるそのものがこたえとなります。

 

 

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以下は2013/4/16のブログ

 

瞑想や禅の研修会との出会いから数年後だと思うのですが

「苦労が人を育てる」という

思いをもっていたことに気づいたことがあります。

なんだか人生が苦しく感じて、

やってもやってもうまくいかない、

やればやるほど苦しい、

といった時期の頃だったと思うのですが

知らず知らず、

これだけ苦労したんだから(がんばったんだから)

うまくいかないはずはないだろうとか、

これだけやってるんだから、

天は見捨てないだろう、といった感じ。

そこで何かおかしいなーと感じたのです。

苦労して苦労して苦労の先に、

ホントに幸せってあるのかな~って。

それは今まで当たり前だと思っていたことなのですが、

はたと気づいたのです、これは違うーっ。と。


引き寄せの法則からしても違っていたことは明らかでした。


苦しい時は、

方向・やり方・考え方が間違っていると教えてくれているのです。

だからそれを変えればいいのです。


人生の出来事は、

わたし達を幸せにさせる為にあるのではなくて、

本当の幸せに気づく為に起こるのだ

ということです。


外側である相対に向いている意識を

内側である絶対に向け直すこともできます。

正しいことではなくて、

たのしいことに向けることもできます。


たのしくなくて、がんばっても、

きっとたのしくない結果にしかならないのです。



無意識だとしても

そんなことに気づいている人は増えてきたのだと思います。

その反面未だに、

苦労してこそ・・という人もたくさんいると思います。

そのどちらもが、

その人のいまにとって、

きっと大切で必要なのです。

 

 

ブログを書きながら、

いまはたのしく過ごしてラク~に生きることを

迷わず選択しているのでした。