つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*3つのre・・・

50歳を過ぎる頃から、

からだの変化や心境の変化から

いままでのやり方でなく、

違うやり方というのがあるのだろうな~というのを

感じるようになりました。

そういったいままでのやり方に違和感を感じながら

新しいやり方を探したり試してみながら数年過ごしてみて

これまでとまったく違ったやり方ではないところで

あいまいさを経験してみて

なんとなく、

もうちょっとスッキリしたい、

もう少し明確なところはじつはなんだろう・・・

という感じでした。

 

それが

「3つのre」がベースになってる

・・・ローマ字読みだと

reが3つなので、「れれれ」ですなぁ・・・。

 

 

ひとつは、リセット/reset

心の浄化とも呼べるもので、

いままでのやり方から一旦離れて

新しく始める、新しく始まるという方向性。

いままで知らなかったものを

新しく知っていくということにもリンクします。

始まるということは、

古いものを手放すことと連動してきます。

手放すことが難しいのは

何かに対して執着があるからですが、

執着は苦しみの元になります。

執着しないことも大事ですが、

そうすると執着しないでいることに執着することにもなります。

その場合、

いかに執着が多いのかに気づくことが助けになります。

また、新しい未知のものに対しての不安感や期待は、

扉をひらくことを阻みますが

期待するでもなく、

不安にいるのではなく

これからどんなことがあるのかな~というような、

まるで子どものような好奇心は一気に後押ししてくれるものです。

こういった好奇心は、愉しさにつながります。

 

 

ふたつめは、リラックス/relax

心地よさと括りにはなっているけれども

ことばで表現できない感覚を感じるということ。

くつろいだり、

力が抜けたとき、

からだの緊張がゆるむとき感じられやすいです。

また

そういった感覚にまだ気づいておられない方々に

伝えていくということ。

 

 

みっつめは、リレーション/relation

新しい人との出会いや、

ご縁ある方々との関係を大事に育んでいくという方向。

 

 

英語での深い意味合いはわかりませんが、

これらの3つがわたしの基礎であり、

あるところで活力となっていて

照らし合わせていくことで、

ムダにロスしないで取り組んでいけるかな~と思います。

そしてこれからも

他の方々とともに大事にしていきたいものだなと感じています。

 

 

こういったことを書き出してみることによって

今回はブログに載せていますが

はっきりと明確になり、

なにか迷いそうになったときの判断基準になります。

 

それを忘れないことが大事です・・・

 

さいきんは、よく忘れます・・・・

 

問題ないです・・・

 

忘れたら、また思い出せばOKです

 

忘れたら、そのときは忘れるようになっていただけのことです。

 

  

「なにものも自分のものとしない」

というブッダの教えがあります。

イヤな感情や、

イヤな出来事、

よかった出来事さえ・・

自分のものでないとわかると、すごく人生がラクになります。

諸行無常 - Wikipedia 」に通じてきます。

 

なにより、

自分というものがなかったのだと理解されるとそれがかなりラク~です。

これは「諸法無我 - Wikipedia 」に通じます。

 

 

ちなみに仏教で大切な教え

三法印 - Wikipedia 」と呼ばれるものがあって

それは、この「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の3つを指します。

 

涅槃寂静 - Wikipedia 」は、

心地よさを感じることにも通じるところ。

自我の「わたし」にとって欲を減らすというのは、

なかなか難しいですが

「欲が深いな~」というのを観るということは、

「それでOK」とすることからはじまります。

なにものにも抵抗することがないときに

心地よさを感じやすくなります。

 

 

また、心地よさを感じるということは

斎藤一人さんのすすめる「上気元」にも通じると思っています。

 

すべてがうまくいく 上気元の魔法[CD付]

 

 

  

 

「上気元の魔法」の動画

 


斎藤一人 上気元の魔法

 

 

 

 

  

 

子どもの頃は

いちど出家して修行したい、と思っていた変わった子でしたので

こういったことを大人になって書いたりするのがフツウなのですが

禅ブームといわれるようになったこの頃は、

あっさり書き記すことができて、

しあわせだなーと思ったりしています。

いまは、お坊さんになりたいと思えないです。

フツウでいて充分しあわせなので、

カタチは違えどやっぱりしあわせですから。

 

 

 

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