読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

つながる 海と空と水の色

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところについて書き記しています。元来の幸せ感が実感できない時にわたし達は不安や不満になり迷い続けます。各々にもれなく備わっている本来の感覚に触れたり気づくことで充足されますが忘れてしまい様々な苦しみを経験します。その感覚は右脳で味わってみるとなんとな~く感じられるものです、右脳でほわ~っと読んでくださると新たな気づきがあるかもしれません。

気づきの分かれ目

シンプル禅

坐禅や瞑想、ヨガ、気功、呼吸法・・・あるいは

なにか出来事や他のことをきっかけにでも

ある瞬間にいままでのからだやこころが、ふわ~~~っと緩んだようなとき

それは自分で意図しないときにですが

ある時に、ふと気づきが起こることがあります。

 

「あー自分て、こんな風に思っていたんだな」とか

「忘れていたと思っていたのに、引き摺っていた」とか

「無意識にため込んでいたな~」とか。

もしくは新しい発見のようなひらめきかもしれません。

 

その気づきにのっかるように感情が出てくることもあります。

その感情は出るに任せます。

感情や思考は出ては消えていくものなので、放っておきます。

あるいは、感情があるのをただみています。

 

そのときのその感情と一体にならないように

みているという姿勢が次のステップへつなげてくれます。

 

なにか思い出したり、気づいたり、感情が出たり、・・・

そのあとで

さらに観ているとふーーーーっと、

「あーーーーそうだったのか」という大きな気づきが起こります。

 

その時に、ふっと笑いが出てくるぐらいでしたら、しめたものです。

いままでたくさんのことを

心配したり、深刻になったり、締めつけていたのだということに気づきます。

いままでそうだと信じていたものがじつは単なる思い込みだったということが実感されます。

そうなると、なんだか心が軽くなったような、世界が広がったような、

なーんにも心配することがないような感覚になります。

これが気づきです。

坐禅や瞑想などを実践されていると、多くの方が体験される感覚だと思います。

 

 

そういった気づきを体験された方のほとんどが

なんだかいままでがんばっていたことがバカらしく思えて・・・とか、

悩んだり心配していはずなのに何を悩んでいたのか忘れちゃったとか、

いままで悩んでいたことが別にどうでもよくなったとか、

などの感想を述べられます。

 

気づきはおもしろくて

大概の場合、自分ががんばって労力を使ってお金も使って時間も使って

苦労したり、どうやってもうまくいかなくてものすごく損したり、

大きな病気になったり、社会的な制裁を受けたり、理不尽な扱いを受けたり、

さまざまな重圧や窮地に追い込まれたりといったプロセスを経ることが多いようです。

 

三次元的に損してダメージを受けて大きな気づきに至るケースをよく耳にします。

 

そこで大概はグルグルっと、じめじめっと、なっちゃうわけなんですが

気づかないと、ずーっと、じめじめグルグルをくり返していきます。

恨みつらみの多い不幸な自分をつくり上げていきます。

 

坐禅や瞑想などを実践していくと

それが自動的に本来の方向へ調整されていく感じです。

それも調整されているという自覚がほとんどない、というところが

おもしろいところであり、容易く続けられにくいところです。

 

しかし、ふと大きな気づきが起こったときには

「あれ、損しているはずなのになんだかありがたくて仕方ない」ような気持ちに自動的になります。

その損しているのにとか、三次元的に考えたら全然得になっていないのに

なぜか皆さん口を揃えて、しかもゆったりとした表情や、

晴れ晴れとした顔つきで、

まるで損したことを喜んでいるような不思議な心持ちでおられるのがわかります。

そして

損したことを決して悪く思えないのです。

「いやー、気づかせてくれてどうもありがとう!!!」というような心境です。

もしくは「きつねにつままれたような、なんだかよくわからないけどこれでよかったのだ~」や、

シンプルに「これでいいのだ~」と深い安らぎの感覚など、

状況は変わらないのにシアワセ~な感じが満ちてくるのです。

笑いがとまらないかもしれません。

 

 

これは実践されていくと、多かれ少なかれ経験されるいろいろな気づきです。

 

 

 

このような気づきの感想を聞くたびに

ふっと笑みがこぼれ、ほんとにおもしろいな~と思います。

 

とっかかりの坐禅や瞑想・・・なんでもよいと思います。

続けていくほど、また違った気づきが起こって飽きることがないので

気づきはおもしろいなーと思います。

 

 

ちなみに、気づきのコツは、意図して気づこうとしないことです。

実践されていくなかで、力が抜けて、さらに力が抜けて・・・・

どんどん力加減が理解されて変わっていきます。

力が抜けきったとき、ふっと、唐突に、勝手にそれが起こります。

また、それがくり返されるかもしれません。

三次元的な、いい悪い・損得・成功失敗・勝ち負け・思い通りになるならない、

など相対でものをみることができないような

ふかーーーい、しずけさのような、

同時にすべてが生き生きとシアワセが溢れた大安心な感覚です。

 

 

 

  

 まじめジメジメ、について

  

心地よさを感じる、について

 

 

大安心でいられるような感覚「知足」、について

 

 

気づき、について

 

 

 

余談になりますが

得したい~(成功したい)、

損にならないよう(失敗しないよう)に、

など思えば思うほど逆になってしまうというのは

小林正観さんのこちらを参照されるといいかもです

 

 

三次元的でない見方というのは

損(プラス)してもよし、得(マイナス)してもよし、

雨でも、晴れでも、曇りでもよし、

どれもOK、すべてが十分で過不足なくカンペキなのだな~みたいな感覚です。

 思考の見方では限界がありますので

体感的な感覚があるとすんなり理解されると思います。