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つながる 海と空と青

禅と引き寄せと本来の幸せ感のリンクするところについて、思いついたまま描き記しています。元来の幸せ感を忘れているとわたし達は不安や不満になり迷い続けます。万人にもれなく備わっている本来の感覚の気づきは、しあわせ~な心地よさがあるだけです。

その人といる時の自分が好き

こんな記事が目にとまりました。

 

 

 

 

その人といる時の自分が

無防備でいられて

たのしくて

あっという間に時間が過ぎて

心地よくて

リラックスできて

そのときの自分のことを好き(いいな~)と思える。

 

ということが、自らを愛することにつながっていくというのは

おもしろい見方だと思う。

 

周りにそんな人がいてくれることが恵まれていることと思えるだろうし

そんな人がいてくれることを大切に思うだろうし、

一番カンタンなやり方かもしれない。

 

なんだか自分のことが好きになれないとか

イヤなんだーとか

ちょっとキビシメだったり、カンペキ寄りであるがゆえに

OKできないときに手っ取り早いのは

そういった恋愛だったり、仲間だったりをみつけることで

一緒にいる時間を大切に過ごすのもいいかなと思います。

 

ただ、そういう人がいつでも自分の側にいてくれるわけではないし

そういう人がみつからないという場合もある。

相手との関係が崩れてしまったら、一緒にいることができない。

 

もし、まわりにいなくても、いつも側にいなくても

なにかしら心地よさというものを感じることができると

それは

その心地よさというものと自分というものが溶け合って

自然に自分を愛するということにつながっていくことになる感じがします。

 

そのときには、イヤな自分もイヤな相手も関係なくて

自分も周りもすべてが同じように愛があるんだなーっていう感覚。

 

坐禅や瞑想をしていると、

何年か経ってみると

自然に、ふーーーっとそんな感じになったりしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の切り口からでは

その人と一緒にいる時のいい感じといった心地よさを思い出すのです。

その心地よい感覚をほんの少しだけ感じてみます。

 

そうしますと

まわりに自分が好きになれるような相手が現れてくれたり

そういった人との交流が起こったりすることと思います。

 

心地よさを感じるということは、引き寄せのよい種になります。

 

逆にそんな人がいないんだよねー

自分が嫌い

自分を愛せない

他人をOKできない

自分もOKできない

なーんて風だと

そういった相手や環境を引き寄せることになる。

 

といったシンプルな原則があるわけです。

 

それを知っていてもなかなかすぐにできないのが習性です。

 

その時には、

笑っちゃうことです。

 

「また言ってるよー」みたいな感じです。

 

そうすると

 

あら不思議、

 

リセットされちゃいますから。

 

ざっくりな表現では「観」です。

 

なかなかのやり方です。

 

気づいたらニターっと微笑んで、おしまい。

 

これでチャラになります。

 

こんなことのくり返しで

心地よさや安らぎといった幸せな感覚が深まっていくようです。