つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*その人といる時の自分が好き

こんな記事が目にとまりました。

 

 

その人といる時の自分が

無防備でいられて

たのしくて

あっという間に時間が過ぎて

心地よくて

リラックスできて

そのときの自分のことを好き(いいな~)と思える。

ということが、

自らを愛することにつながっていくというのは

おもしろい見方だと思うのです。

 

周りにそんな人がいてくれることが

恵まれていることと思えるだろうし

そんな人がいてくれることを大切に思うだろうし、

一番カンタンなやり方かもしれない。

 

なんだか自分のことが好きになれないとか

イヤなんだーとか

ちょっとキビシメだったり、

かんぺき寄りであるがゆえに

OKできないときに手っ取り早いのは

そういった仲間や恋愛だったりをみつけることで

一緒にいる時間を大切に過ごすのもいいかなと思います。

 

ただ、

そういう人がいつでも側にいてくれるわけではないし

そういう人がみつからないという場合もあるし、

相手との関係が崩れてしまったら、

一緒にいることができない。

 

もし、まわりにいなくても、

いつも側にいなくても

なにかしら心地よさというものを感じることができると

それは

その心地よさというものが溶け合って

自然に自分を愛するということに

つながっていく感じがします。

 

そのときには、

イヤな自分もイヤな相手も関係なくて

自分や周りを含めたすべてが

同じように愛があるんだなーっていう感覚。

 

禅に触れて何年か経ってみると

自然に、

ふーーーっとそんな感じになったりしています。

 

 

  

 今日の切り口からでは

その人と一緒にいる時のいい感じといった

心地よい感覚をほんの少しだけ感じてみます。

 

そうしますと

まわりに自分が好きになれるような相手が現れてくれたり

そういった人との交流が起こったりすることと思います。

 

心地よさを感じるということは、

引き寄せのよい種になります。

 

逆に、そんな人がいないんだよねー

自分が嫌い

自分を愛せない

他人をOKできない

自分もOKできない

なーんて風だと

そういった相手や環境を引き寄せることになる。

といったシンプルな原則があるわけです。

 

それを知っていてもなかなかすぐにできないのが習性です。

 

その時には、にたーっと笑っちゃうことです。

 

「また言ってるよー」みたいな感じです。

 

そうすると

あら不思議、

リセットされちゃいますから。

 

ざっくりな表現では「観」です。

 

なかなかのやり方です。

気づいたらにたーーっと微笑んで、おしまい。

これでチャラになります。

 

こんなことのくり返しで

人生なんでもOKといった感覚や

なにより

心地よさや安らぎといった幸せな感覚が

深まっていくようです。