つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*一瞬でしあわせになる対象は人それぞれ

いま、ちょっと想像力をつかって

いま思うだけでしあわせだと思える事柄はありますか。

もしあれば、それはどんなことでしょうか?

 

過去でも未来でも、そうだと想像したときの

あーーー、しあわせ~っと思えるのは

どんなことでしょうか。

  

人によっては、

芸術的な作品、人の優しさ、居心地のよい家具、

お気に入りのカフェ、フィギアの新作、旅行、温泉、

まごころのこもった美味しい食事、デート・・・

などいろいろ。

もしかしたら、まわりの人がしあわせでいること。

 

人それぞれ違って、その時々によって異なって

無限に千差万別。

 

それをじっくりと感じると、その人はいのちの力を実感します。

いのちの力の実感というのは感覚的なことばなので

人によっては安心感だったり、

ラク~な感じだったり、 

しあわせだな~とか、

心地よさを感じられます。

 

でもそれは、ほんの一瞬だったり、

せいぜい数日、または数カ月で消えてしまいます。

 

一方で、しあわせ~だと感じる感覚は

いい悪いや、

大きい小さい、

長い短いはあてはまりません。

 

ということは、

日常の些細なことであっても、

このしあわせ~に意識を向ける機会を増やして過ごすと

1日のうちで何度か感じることができるということです。

 

もし、小さな幸せじゃなくて

大きなのじゃないと満足しない!

なーんていう人がいたらそれは勘違いです。

しあわせ~っと感じられる時には、

大きなしあわせ小さなしあわせという区別は起こりません。

 

つまり、

自分にとって幸せだと思えることを

日常の中で増やしていく視点をもつことが

数多くしあわせ~を感じられるということです。

幸せだと思えることがらを増やすのじゃなくて、

しあわせ~だと感じられるよう感覚するところがミソです。

それはまた、

しあわせじゃないーと思う隙をつくらないで過ごせます。

 

しあわせ~と思えるように

現実を構築していくのはかなりのエネルギーが必要です。

またそれを維持していくのは

たぐい稀なエネルギーが必要で

気を遣い、体力、財力、運など

いろいろな条件がかみ合わないと

むつかしいところです。

 

でも、

しあわせ~だと思う、

しあわせだわ~と感じる機会をみつけることは、

ちょっとした工夫次第で

カンタンに増やすことができそうです。

 

また感謝 ⇒ ありがたいな~ も

しあわせ~に近い感覚です。

 

 

大きなしあわせが1年のうちに1度なのと

取るに足らないような小さなしあわせであっても

1日のうちに1つみつけて味わうのでは

どちらがいいとは決められませんが

もしかしたら数年後は

大きな違いになっているかもしれません。

 

まわりを見渡して、

なにか1つでもしあわせだわ~と思えるくらい

多種多様であるほど

ホントにしあわせになってるはずなんです。

 

考えることは左脳ですが、

しあわせだな~とか、

なにか感じるのは右脳でしかできません。

このやり方は左脳を使って

右脳の領域を増やしていくといったやり方です。

 

最初は左脳でみつけることをしていくのですが

どんどんと自然に右脳の感じるセンサーが深く広がっていきます。

 

そうなるとある日、

道端に何気なく咲いている花をみかけた時に、

ふっと、しあわせだわ~としみじみ

思うようなことが起こるかもしれません。

 

 

ちょっとした小道具(マジック)のように

試してみるのもおもしろいかと思います。

 

   

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しあわせだと感じられる対象は変化し続けますが

しあわせだな~という感覚は、

変わらず唯一だったのだな~ということに

いずれ、つながっていくことと思います。