つながる 海と空と kumo-nami

自我の「わたし」は思うとおりにならないことで悩んだり苦しんだり彷徨います。本来はしあわせ~な心地よさです。それはことばで表現することが追いつかない絶対的な感覚です。なんだか生きるのが辛くて5歳の頃から一度は出家して雲水になってみたいと思っていた風変わり女子がかく気まぐれエッセイブログです。

*だれだって

だれだって

豊かになりたいし

賢くありたいし

偉く立派になりたい

手柄をたててスゴイねって称賛されて

カッコよいのがいいだろうし

人と仲良くしていたくて

安心していたい

 

もしくは

恐怖からのがれたい

心配から遠ざかりたい

不自由さから解放されたい

痛みから無縁になりたい

 

いろんなことを

だれもがそうなりたいと思って目的をもって行動するのが

自我の「わたし」のやり方。

まったく疑うこともなく

それがいいことに決まってると思うから。

 

でも

少し退いて、よくよくみてみると

なにかになりたいと思っているのは

なんにもしなくていいように

誰からもなんにも文句を言われずに済むように

安心していたくて

フツウでいることに安住していたいから

が隠れているからかもしれない。

 

 

特別、偉くならなくても

がんばることができなくても

いい人で居続けなくても

カッコよいとこばかり見せ続けなくても

そのまんまで

安心していられるように

その為に

なにかをがんばったり、

欲望しているんじゃないかな。

 

ほんとは

なんにもしなくても、いまそのまんまでいて

ふっと感じられるんだけどね。

なにかをすることに忙しくて

それを味わったり、感じ取ったりする余裕がないだけ

なんじゃないかな。

 

すーーーっと入ってくる、

心地よい風景や耳や肌の感触に意識を向けてみると

だれだって

ほんの数秒は感じていられるはずなんだけど。

 

この、ほんの数秒の心地よさってすごく大事だよ。

 

これは、ぜんぜん大したような顔をしていないけれど

やがて

人生観が大きく変わってしまうくらい

深淵で偉大なものだったということが

わかってしまうんだー。

 

世のなかにはいろいろな神秘があるけれど

これも

ひとつの大きな神秘といえるかもしれないね。